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うちのイケメン

イスラム教徒アラブ人夫との日常をなんとなく書いているブログです。

訃報

昨年11月頃から連絡が取れなくなった恩師の訃報を耳にする。

 

昨年末に先生が旅立たれたような予感はあった。

 

一月に先生の電話が現在使われておりませんとなったアナウンスを聞いて旅立たれたことが確信となっていた。

 

でも

どこか、サナトリウムや外国の施設にいるのかもしれない

石巻の家に帰って療養しているのかもしれない

 

そんな希望も持っていた。

 

 

 

 

先生との共通の知人は殆ど亡くなっていて、先生の高校、大学の同級生から連絡先として会社の名刺を貰っていたけれどそれらも20年前に頂いたもの。

皆さん定年退職をお迎えになられてからだいぶ日が経っていた。

 

先生は物理と数学の論文を書いておられた。

 

他人から何で皆に先生と呼ばれるか?と聞かれたとき先生はいつも、「麻雀と競馬の世界」と答えていた。

 

 

先生とは結婚するまでの間、20年くらいの間、月に二回、散歩や食事に出かけていた。

 

先に亡くなっている先生の友人たちとの集まりでは、私は先生の恋人のような存在だった。

 

皆に結婚を勧められていた。

 

「ワシが結婚などしたら沢山の女を泣かせてしまうから、しない。」と言っていた。

 

 

あるとき「先生、私と結婚する?」と聞いたら

 

「20歳も年が離れている男と結婚なんてするもんじゃない!お前は老人介護したいのか?」と叱られた。

 

男と女ではない、恋人でもなく友達でもなく

家族でもないけれど何より親しくして貰ってきた。

 

仕事で騙されたとき笑いながら「いい勉強したんだ。」と諭してくれた。

 

私の父が他界したときにも1人友人を連れて

とんでもなく辺鄙な場所での通夜にわざわざ探して来てくれた。

 

私が病気のときも先生だけが助けてくれた。

 

仕事をやめたときも、新しい仕事を始めたときも応援してくれた。

 

お金に困ったときは理由なく貸してくれた。

 

返したとき

「返ってくることあてにしていなかったらさ、これで高級レストラン行ってバーっと美味いもん食うか?」と笑われた。

 

 

私の人生をいつもいつも支えてくれた人だった。

 

結婚してからは会っていなかったけれど

電話では話していた。

 

去年の江戸川の花火大会にソマリア人とシリア人のシスターと行く約束をしていた。

 

前の日に先生から連絡があって、先生も明日の花火大会行くとのこと、友達の家のリビングか江戸川沿いだから目の前で見られるから来るか?と誘ってくれたけれど

明日にならないと実際何人の人が集まるかわからないからと断った。

 

その後一回くらい話しただろうか、それともそれが最後に声聞いたときだったかな。

 

8月から夫の会社の立ち上げと注文だなんだで

本当に忙しくしていたから、先生から連絡がないことも気にしていなかった。

 

10月に先生にメールして、返信がなくて

何かあったのかと11月に共通の知り合いに片っ端から連絡してみて唯一連絡のついた焼肉屋さんが入院してると教えてくれた。

 

12月に入って東大、聖路加、国立がんセンターとかあちこち病院に行ってみたけど

先生の名前はなかった。

もう、その頃は旅立たれた後だったんだね。

 

今朝、夢で今野先生が生きていて会わせてあげるよと声をかけられる夢を見た

うちのイケメンが止めるのに私は彼を振り払い

その人について行った。

 

路上で数人の男性が礼服を着て並んでいた。

「一緒に今野に会いに行きますか?」と言われ

泣きながら頷いていた私。

そして目が覚めた。

目覚めてから、震えるくらい先生のことを考えた。

 

 どれほど先生には助けられてきたか、生きていて欲しい。

生きていたら直ぐに会いに行こう、そう思った。

 

午後のお祈りの後に先生の大学の友達たちの名刺をもう一度探した。

 

インドネシアに住んでいる先生の大学の同級生の日本の連絡先、電話番号が書いてある名刺を見つけた。

 

ここに誰かわかる人がいるかな?と電話をしてみた。

 

同級生の奥様で、先生とは学生の頃から40年の付き合いだったという方ととお話しすることが出来た。

 

奥様の話によると、

去年、先生が誘ってくれた江戸川の花火大会の日に胃が痛くなり、直ぐに東大病院に行って検査を受けたそうだ。

 

検査の結果は何も問題なく、そのまま帰宅したけれど、どうにも痛くて痛くて別の病院に検査しに行ったら、手の施しようがない末期の胃癌だったそうだ。

 

誰にも入院したことも伝えず内緒で入院して

面会に来た友人とも殆ど会うことをしなかったそうだ。

 

そして、12月9日、先生は新しい世界へ旅立たれた。

 

葬儀は本人の希望で家族だけ、学生時代からの親友も呼ばれず

 

納骨式だけ、極々親しい友人が呼ばれたそうだった。

 

 奥様との電話を切った後、泣いていたら夫がきた。

 

どうしたの?と

 

先生が死んじゃったと伝えたら

 

何も言わずに泣き止むまで胸を貸してくれた。

 

多分、2時間くらい泣いていたと思う。

 

しばらくしてモスクに出かけた夫は

 

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このクルアーンに書かれている言葉をラインで送ってくれた。

 

そう、誰もが必ずいつか死ぬ。

 

この世の出来事など偽りの快楽なのだろう。

 

先生が新しい世界で本当の喜びの世界へ行けたらいいな。

 

先生ほど強く優しい人はいなかった。

 

本当に心の綺麗な人だった。

 

先生、あなたには感謝しかありません。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 

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